くどいようだが、このお話はあくまでも『ワンピース』の中のパラレルワールドが舞台なので、風俗的にあれこれと似ていても決して江戸時代ではないそうで。そんなせいか、かき氷も出てくりゃ、蒸気機関も出て来たし。そうかと思えば、ルフィ親分の“ゴムゴムのロケット”は、二重の意味から“江戸”ではあり得ないネーミングなのに、ちゃんと意味が通じているし。とはいえ、やっぱり江戸時代と同じとした方が通じのいいことも多数あるようなので、ウチのお話は、江戸だかどこだかに“幕府”がある日之本国の、グランドジパングという藩のお話だということで…どうかよしなに。
さて。北か南かという地方にも拠るものの、それでも一応は普遍的に四季が巡る国なため、季節折々の環境に即したあれこれがそれはそれは風情があって情緒豊かなのもまたこの国の特長であり。暦に添うてのあれやこれや、春には花見、秋には紅葉狩りというような、特筆すべき行事も満載。特に、季節感というものが顕著なのがそこはやっぱり冬と夏で。温暖化のせいで地球規模でとんでもない今ほどの極端ではなかっただろうが、夏はやっぱり暑かったに違いない。とはいえ、鎖国のお陰で文明の進歩からも微妙に置いてけぼりをくってたというのに、夏に生魚を食うても国が滅ぶほどの食中毒は起きず、暑さまけで亡くなる人も山のようには出なかったのは、そこは瑞穂の国だったことと生活の知恵の恩恵というもの。豊かにあった水を惜しみなく使い、ひたすらよく洗って清潔にと努め、且つ、酢や酒で占めることで殺菌消毒を為しと、そんな習慣からよほどの干ばつの頃合いを除いて疫病が年中蔓延しはしなかったのであり。暑さに関しても、着るものや住まいへの工夫は山とあってのこと、しのぐ術(すべ)がちゃんとあったので、エアコンだの扇風機だのがなくたって、都市や下町では家々が密集してたって、それでも何とか息継ぎは出来ていた。海水浴の習慣はまだなかったが、子供らはせせらぎに浸かってはしゃいだし、早乙女が洗濯する姿見て仙人が雲から落っこちた話もあるくらい。日之本は水に恵まれた、それは特別な国じゃった。
「…日本昔話か?」
お、言ってくれますね、登場そうそうから。まま、ト書きばかりじゃ話が進まぬ。日本の四季の講座じゃないんだし、ここからこそは、いつもの顔触れでのお話へ移りましょう。さすがは夏で、しかも昼が近いため、地に落ちる陰もずんと短い。陽にさらされ、白く乾いた土の道、てくてくと歩むは、赤い格子柄の着物の裾を尻っぱしょりにたくし上げての、木綿の紺パッチという軽快な格好をした、まだまだお若い岡っ引き。背中へ提げた麦ワラ帽子が目印の、麦ワラの親分こと、モンキー・D・ルフィという十手持ち。結構広くて、しかも豊かなグランドジパングのご城下を、その細腕でしっかと守っておいでの、それは頼もしい親分さんだったりする。するのだが、
「あぢぃ〜〜〜〜〜。」
悪魔の実の能力者でもあり、相手が浪人やお武家様という太刀振りかざす手合いでも一歩も引かないほど、そりゃあ果敢で怖いものなしな親分だが、それでも苦手は幾つかあって。まずは悪魔の実の呪いのせいで泳げない身であることと、これもそんな体質(?)のせいか、どんなに食べても太らない、じゃあなくて、すぐにお腹が空いてしまう大食漢であること。お給金はほとんど飲み食いで消えているのは、もはや公然の事実であり、ホントだったら随分なツケがたまっている店がたんとあるのだが、店側のご厚意とそれから、こそりと心ある方々が肩代わりしてくれているらしく。それがなかったら、このご城下、そんな情ない理由からあちこちで店が傾きの流通が滞って、不景気風が吹きまくってたかもしれな…ああいやまあ、それはそれとして。(げほごほ…)
「難しい話はパスだ、パス。」
あはは…。あともう一つ、これはあんまり知られていないが、実はルフィ親分、暑いのはあんまり得意じゃなかったりするそうで。基本、お元気ではあるものの、あまりに暑くて しかもしかも陽照りが続いてか泥棒騒ぎも昼間は落ち着いていての暇だったりすると、これもまたその体質からか、ぐてぇっと体から気力からたるんでしまってどうにもならぬ。陽が落ちて涼しくなった頃合いの、盗っ人への捕物へは支障がないとはいえ、こうも暑い日が続くと、体調にだって悪いかも知れぬ。暇だからというのが救いであり、だったら…と同心のゲンゾウの旦那に薦められ、今日本日は岡っ引きのお務めもお休みとし、ご城下からはちょみっと外れた郊外まで、額ににじむ汗を拭いつつ、てくてくと歩いてきなさった先はといえば、
「おおお、何か涼しい風が吹いて来たぞ。」
ご城下を出たのは少し早い時刻だったので、陽が昇り切った頃合いにはもう、郊外の緑の多い辺りを歩んでいたこともあり。町内の照り返しも多い、蒸し暑い中とは雲泥の差で、陽気は同じでも心地のいい風の吹く中の徒歩だったその上、言われた道なり、木立が続く街道の外れを行けば、どこからか蝉の声に交じって涼しげな水音も聞こえてくる。どっからだろかと、辺りを見回しつつ歩みを進めると、道沿いに床几を出した茶店の前だが呼び込みはしちゃあいない、辺りに広がる農村には珍しく、夏色の小袖を着流しに羽織ったという身なりのおじさんが一人立っており。案内役もかねておいでか、通りすがる人々へにっこり笑顔で愛想を振り撒いておいで。時折、年配のご婦人やらご隠居風の方々から何か聞かれては、茶店の前や後ろを腕で指し、こっちですよそっちですよと教えておいでで。そんなおじさん、ずんと若者の口であるルフィがほてほてと近づいてゆくと、おやおやと柔和そうなお顔をほころばせ、
「おや、もしかしてお前様は、
ご城下で評判のルフィ親分じゃあありませんか?」
「いやまあ、うん、そうだが。」
お尋ね者の側じゃなし、人相書きが出回ってる身じゃあないのにね。こんな所にまで自分の名前が知られていようとはと、そこは親分も少々驚いたようで。おかしいな十手は懐ろにしまってるし、こんな足元だからかなと戸惑い半分立ち止まると、
「いや何ね、
大きな声じゃあ言えないが、
ここいらはご城下からあたふた逃げてくる盗っ人一味も通るから。」
そういう輩は、一刻も早く一里でも遠くへ逃げたいか、わたしらを巻き添えにするでなし、むしろ“後生だからと見かけたことは言わんでおくれ”と、そのまま逃げてくのが大半だから。
「此処までだって追って来そうなと思われてる、
そうまで生きのいい岡っ引きさんがいるんだねぇって、
ここいらでも評判になっていますのさ。」
「あやや…。//////」
思わぬところで聞けた評判へ、さしものお元気親分も少々含羞んでしまったが。今日のところは、別段、御用の筋という遠出じゃあない。与力や同心の旦那ならともかく、岡っ引きが縄張りはずれたところで訊き込みなんてするのは、その地の親分に失礼だし、地の利や土地勘を考えりゃ、地元の人に訊いた方が何につけ早いというもので。そこを正直に口にして、
「今日はただの遊山、暑さよけだ。」
「そうっすか、それは難儀なこってすな。」
「……おっさん、声が大きい。」
威勢のいいのもグランドジパングっ子の自慢の一つ。それに、乱闘だの修羅場だのでは自分も声も張り上げるしで、あまり動じないルフィが あわわとたじろいだほど、やたらに声を張るおじさんであり。それを見て“あはは”とやはり豪快に笑ったおじさんは、
「すいませんね。ここに暮らしてっと、ついつい地声も大きくなる。
この辺はまだマシっすが、もちっと向こうへ寄れば もう、
声を張り上げないと話なんて出来やしません。」
その大声が要りようになるという正体こそが、この地を避暑地と呼ばしむる理由。涼しい木陰を落とす木立を分けいれば、その先にはそれは大きな滝がある地であり、
「も少し行けば、茶屋や小料理屋がありますよ。
冷たい水でさらした鯉のあらいは絶品だし、
滝につかるお人へのふるまいにって、
そっちはタダで甘酒やらおでんも用意してありますし。」
「おお、それは楽しみだな。」
何にもない田舎だと聞いてはいたが、美味しいものがあるんなら食いしん坊の親分には都も同然。心から嬉しそうに笑顔になると、教えられた道を差し、再びてことこと進み始めた親分だった。
今でも等々力辺りでは緑も多く、ここが都心の世田谷とは思えぬ佇まいだそうだが。王子にも暑さまけに効く滝があったそうで。独鈷の滝とは別口のそちらは、お不動様の裏手へ清流を引き込んで、二階家ほどの高さから箱樋で落とすという人工の滝だったらしいけれど。それでも猛暑の中、清流のしぶきに満ちた風は心地よく、涼みにと人は多く訪れて、近くには小料理屋が店を張り、結構なにぎわいでもあったとか。このお話にもそういう、真夏の暑さを忘れさせてくれるような別天地の避暑地はあったようで。何の修行か、それとものぼせの治療にか、ゆかた姿で滝壺まで降り、冷たい水を打たせ湯のように浴びる人も少なくはないらしく。着替えの包みを供の小僧さんに持たせた、大店の主人風のお人もたまに行き交う木洩れ陽の下。あめ湯はいかがですか、冷たいのも熱いのもありますよとふるまわれていたの、さっそく乾き癒しに一杯いただいておれば、
“お…。”
見回した視野の中、意外なお人の背中を見つけた親分で。そこからは、打たせではない自然の滝やら、それが落ちてゆくせせらぎが見下ろせるものか、手摺りを設けた見晴らし台のようになっている高台で。瑞々しいほど青々と茂る、桜や泰山木、芙蓉、合歓木の居並ぶ、緑の香も清々しい、いかにも夏山の情景を背景にし、頼もしい背中が泰然と立っている。
「ぼ…ゾロっ。」
人前だと照れも出てのこと、いまだについついそう呼んでしまう“坊さん”と言いかけ、いやいやと呼び直したものの、
「………。」
距離もあったし何よりも、滝の落ちる音が結構な代物。蝉の声などせぬほどの圧倒ぶりだったので、見慣れた後ろ姿がびくとも動かないのも、やはりこの水音のせいで耳を塞がれての聞こえぬからか。思わぬ出会いについつい嬉しくてと口をついて出た声へ、なのに こうまでくっきり肩透かしされては、さすがに面白くはなくて。
「…よ〜し。」
だったらだったで、と。思いついたことがあり、小さく舌を出したところからして、からかってやろう驚かしてやろうという意図が見え見えなまま。親分、せーので たたたたたっと駆け出して、大きい背中へ飛びつきかけたが、
「…っ、なっ!」
「わあっ。」
さすがにそれへは振り向いた誰かさんだったので、今度はこっちが不意を衝かれた格好になり。あわわと驚きつつも加速は止まらぬ。背中へ飛びつくはずが、反射で避けられてしまっては、静止を掛けるための手掛かりもなくて。
「あわわっ。」
そのまま駆け抜けたらば、大人の腰あたりまでしか高さのない欄干飛び越し、眼下の瀬へ飛び込む格好に成りかねぬと。親分以上に慌てた坊様、腕を伸ばして小柄な体の前へと差し伸べ、そのまま掬い上げるように引いての抱え上げれば。さすが、足が地から離れれば駆け続けもならじでやっと止まれて。
「びっくりした。」
「いやそれはこっちの台詞っすよ。」
急な危機から劇的に救われた安堵から、はぁあと萎えてのしおしおしおれた痩躯を支えてやりつつ、ついつい正直なところを口にしたゾロだったのへ。小さな岡っ引きの親分、きいと目許を吊り上げると、
「何だよゾロ、やっぱ聞こえてたんじゃんか。」
「いやいや いやいや、そうじゃなくって。」
さすがにあらぬ疑いは晴らしたかったか、かぶりを振りつつ、言い返す。
「気配を察して振り向いたんですって。」
俺、そんな殺気なんか込めてなかったぞ。殺気じゃなくとも行くぞ行くぞって何か込めてたでしょうよ。あ、それはあったかも…と。やっとのことで疑い(?)は晴れたが、
「何かお調べですか? 親分。」
さっきの茶店のおじさんと同じことを訊かれ。しかも、もう落ち着いたかなと、抱えていたのを降ろされたので、あや残念と、少々頬を膨らませつつ、
「何でそうも、お調べにしか縁がないみたいに訊くかな。」
隠し立てなしの ぷく〜っと膨らんだ頬が、あまりに幼く見えたので、
「おや…。」
これでもこっちは、大人扱いして訊いたんだのにね、と。苦笑が止まらず困ったらしいお坊様。こちらで連絡つけ合ったお庭番仲間があったこと。その伝令役をどうしてだか、あの黒髪の、当地の隠密のお姉様がお膳立てしてくれたことを思い出し。
“まさか、だよなぁ……。”
連絡のやり取りこそあったが、急ぎの任務が来た訳じゃあなし。いいところだな、少し涼むかなんて思ってたところ。お調べじゃねぇもんと拗ねた親分だということは、その身は空いておいでならしく。
「…… なあ親分。」
「なんだ。」
おいら ご祈祷の依頼を終えたばっかなんで、今はちっと暇なんだわ。…俺は、今日はゲンゾウの旦那から涼んで来いって言われたんで仕事じゃない。
「奇遇っすね。」
「そだな♪」
知ってっか? ここじゃあ、大店の隠居を目当ての小料理屋も多いけど、そんな気張らなくても御馳走食える穴場があるんだ。野放しの鶏の玉子を使った玉子焼きとか、里芋の煮付けにヤマメの塩焼き、ご城下じゃあ信じられない安さで食えるぞってサンジに言われたと。そりゃあ嬉しそうに並べられては、
「………… 」
「どした、ゾロ?」
いや何、穴場なら俺も、夜鳴きソバ屋のおやじから訊いたのを知ってるっすよと。妙な対抗意識が出てしまったり。どうでもいいけど、涼みに来たんだからあんまり熱くならんようにね。ほどほどのほわほわ、暖ったかいくらいに押さえるようにねvv
暑中お見舞い申し上げます
〜Fine〜 11.08.04.
*いやもう、避暑に行きたいっすねぇ。
こっちは連日、洒落にならん猛暑です。
東のほうは涼しいそうで、
でも、そういう乱高下も体には負担ですよね。
早く落ち着いてほしいです。
でも、秋が来ると冬もあっと言う間だしなぁ…。(気の早い話や…)
めるふぉvv


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